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あをによし 奈良の都の 薬草曼荼羅

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「Power Plants 沈香」に参加して

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今日、奈良で行われた植物療法と芸術療法のワークショップ「Power Plants」に参加した。今日のテーマは、「沈香」。
諸事情により、私は途中参加となったが、聞香(もんこう)の会、顔彩を用いたアート、シェアリングに参加した。

今回の聞香のお題は、「天の海(あめのうみ)」。つまり、天の川である。万葉集でおなじみの、「天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」(意味:天上の海には、雲の波が立ち、月の舟がほしの林に漕ぎ隠れているのが見える)という句がテーマになっている。天の海を「伽羅(きゃら)」(羽衣という、最上級の伽羅)、月の舟を「佐曽羅(さそら)」(白檀)、星の林を「寸門多羅(すもたら)」にたとえて、香木の香りを聞いた。
伽羅は甘くあたたかな女性的な香り、白檀は優しいながらも凛とした男性的な香り、寸門多羅はなんとも形容し難い、甘いけど不思議な香りであった。

顔彩を用いたアートでは、今日聞いた香りからイメージしたものを、小さな画用紙に顔彩で描いた。私が描いたのは、川。香りはとどまるところを知らず、いつか空気に拡散されて消えてしまう。そんなことを思っていたら、急に、鴨長明の「ゆく川の流れは絶えずして・・・」という「方丈記」の一節が頭に浮かんできた。川では、同じ水は決して二度と流れないように、香りも同じ香りは二度とない。聞香も、茶道と同じく、「一期一会」の世界である。
ちなみに、私が描いた川は、写真の通り、葉っぱやら花びらやら浮かんでいる。私が生まれ育った多摩川に、もっと美しくなってほしいと願いをこめた(かなり身勝手なお願いであるが)。ついでに、自分自身も、川の流れのように、とらわれることなく、おおらかに生きていきたいと願った。


去年の秋から参加したこのワークショップも、今回が最終回。また、どこかで行われることを期待したい。

ちなみに、私がこういうワークショップを開くとしたら、ヨモギとかスギナ(ツクシ)とかユズとかキクをやってみたい。というか、今後、Power Plantsでやっていただけることを切に願っている。

このワークショップで、ひとつの植物を通して、自分自身の感じ方や考え方、生き方を見つめられたことは、今後の私の人生の道しるべになった。そのことを教えて下さったファシリテーターのお二人と、一緒に参加された方々に感謝したい。

tone
# by tonepedra | 2010-04-03 23:32 | 薬草/植物療法

「Power Plants 桜」に参加して

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先日、トトラボとCenter of Arts and Wellnessが主催する、植物療法と芸術療法のワークショップ「Power Plants」に参加した。今回のテーマは、「桜」。

東京世田谷にある砧公園に集合し、まずは参加者同士で、自己紹介やら、桜にまつわる思い出やらを話して、場が和んだ。
そのあと、砧公園の中を各自が自由に自分のペースで歩き、桜の木とじっくり向き合った。桜の木を、見て、聞いて、触れて、匂いをかいで、五感を使って、感覚を研ぎ澄ませてみた。
その後、再度集まり、参加者がそれぞれ自分の「お気に入りの桜の木」を皆に紹介した。私が紹介したのは、「オオシマザクラ」(大島桜)。白い花で、開花とともに、葉っぱも出てくる。ソメイヨシノはあまり香りがしないが、このオオシマザクラは、大変香り高い。ちなみに、桜餅に巻いてある塩漬の桜の葉は、オオシマザクラの葉である。

お昼ご飯を食べたあとは、芸術療法の時間で、砧公園で見た桜から感じられたことやそこから生まれたイメージなどを、日本の伝統色である顔彩を用いて色紙に表現した。顔彩や色紙などを使うとかしこまってしまうが、技術的には、小学生のおえかきレベルで充分。大切なことは、何を感じて、何を表現したいのかということである。
私は、砧公園で見た、大好きなオオシマザクラを描いた。そして、講師から、俳句のように五七五で短く文章で表現するように、と言われたので、俳句を作ってみた。

「花冷えの こころに咲いた さくらいろ」

「花冷え」を表現したのは、砧公園では肌寒かったので、やはり桜の咲く頃は花冷えなんだなと実感したことに加え、最近、職場でのストレスや疲れから、自分のこころが冷えていることもなぞらえてみた。
「さくらいろ」とは、桜の花の色だけでなく、桜の木の枝や幹や葉や根など、さらには桜の木を取り巻く、空や地面、他の桜の木、他の生き物など、桜を生かしている環境のすべての色を含んでいる。桜の花が美しいのは、桜だけのせいではない。生き物は、お互いが助け合って生きているから、それぞれが皆、美しいのだ。だが、桜を美しいと感じるのは、やはり、日本人のDNAなのだろうか。

植物療法では、サクラに関する講義のあと、桜湯を味わい、サクラのチンキ剤を用いたフェイシャルローションを作った。手づくりのローションは、ほのかに、桜の香りがして、癒される。添加物なども一切入っておらず、安心して使える。

さらに、芸術療法で「コラージュ」をした。写真や雑誌の切り抜きを貼り付けて、2010年の自分の目標を、コラージュで表現してみた。私は、このブログを今年3月から始めたので、これからも継続して、奈良や植物の素晴らしさを伝えていきたいという気持ちをこめて、奈良と植物をごちゃまぜにしたコラージュを作成した。

芸術療法では、参加者が自分の作品を発表し、参加者皆で、感じたことを述べて、シェアリングをする。お互いを認め合ったり、自分自身を見つめなおしたりして、自分自身の感性や考え方、生き方を深めることができる。

桜は、日本人の精神性や美的感覚を象徴する花である。それは、日本人としてのDNAのせいもあるのかもしれないが、幼い頃から、身近に桜の花を見て育ち、また、桜の時期になると花見をする大人たちの姿を見て、桜は特別なものだと感じるのだろう。桜の花とその環境が、日本人の美的感覚や精神性を育んでいるにちがいない。

これからも、桜の花を見て、感じて、日本人としての精神性や美的感覚を養いながら、桜をこころの支えにして生きていきたい。

tone
# by tonepedra | 2010-04-03 19:36 | 薬草/植物療法

いちめんのハナダイコン

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この時期、何かと話題は桜の花で華やいでいるが、近くの土手には、いちめんのハナダイコン(花大根、アブラナ科ハナダイコン属)の花が咲いている。
一見、地味な花であるが、いちめんに咲くと、とても綺麗で、和やかな気分にさせてくれる。
川原の土手は、洪水の被害から私たちを守ってくれるほかに、自然の恵みをもたらしてくれる貴重な場所である。道端や土手などの植物が身近にあるおかげで、私たちはどんなに気持ちが安らいだり、ワクワクしたことだろう。

だが、この土地にも、再開発という時代の波が押し寄せてきている。今、土手から上を見上げると見えるものは、広い青空ではなく、高くそびえ立つ、建設中の駅ビルである。いつまで、この土手の草花を眺めていられるのだろうか。守るべきものは、土手の小さな自然なのか、それとも、豊かで便利な生活なのだろうか?

tone
# by tonepedra | 2010-03-28 17:59 | 植物

「仏像ガール」さんの本

待望の、「仏像ガール」さんの本が、やっと出た。
西山厚監修、仏像ガール著「でかける・感じる・きっと出会える 仏像の旅」(山と渓谷社)である。

仏像ガールさんの講演を一度、聴きに行ったことがある。
とても華奢で可愛らしい、でも芯がしっかりした女性であった。
何より、本当に仏像が好きというオーラが、全身から放たれていた。

タイトルの「仏像の旅」のとおり、仏像ガールさんは、47都道府県をまわられて、全国の素敵な仏像さまを紹介してくれている。
なかでも、私のお気に入りは、神奈川県鎌倉市の「覚園寺」と大分県国東半島の「熊野磨崖仏」、そして、奈良県奈良市の「帯解寺」。

「覚園寺」は、私が鎌倉の中で、一番好きなお寺である。
「覚園寺」での拝観は、1時間ごとに決められていて、お坊さまが案内して下さる。
自由に見られない代わりに、お寺の歴史、仏像の由来、仏教の言葉の意味、さらにはお寺の境内の四季折々の自然についてまで、くわしく説明して下さる。何度訪れても飽きない、魅力にあふれたお寺である。

「熊野磨崖仏」は、というより、大分県国東半島の仏像文化すべてが好きである。
宇佐神宮の最寄り駅である宇佐駅から、周遊バスがあり、「富貴寺」「真木大堂」「熊野磨崖仏」をめぐることができる。ほかに、臼杵の石仏も見逃せない。
磨崖仏にお会いするためには、鬼が一晩で積み上げたという100段の石段を登らなければならない。そして、登った先で、お会いする仏さまは、仏像ガールさんもおっしゃる通り、「厳しい。でも優しい」のだ。

「帯解寺」は、皇室ご用達の安産祈願のお寺。外見は派手ではなく、こじんまりとしているが、奈良の人をはじめ、全国各地の人が、このお寺を訪れ、子宝に恵まれるように、無事に子供が産まれるように、そして健やかに育つように、と祈願している。私も何度か、友人の子宝や安産を祈願した大切なお寺である。

ほかにも、魅力的なお寺、行ったことがないお寺が紹介されていて、すぐにでも旅に出たくなった。
なお、仏像についての基本的なことを知りたい人には、仏像ガールさんのもうひとつの本「感じる・調べる・もっと近づく 仏像の本」(山と渓谷社)もおすすめである。

tone
# by tonepedra | 2010-03-26 00:11 | 仏像/仏教

「Power Plants」への想い

去年、私が参加したワークショップで、一番こころに残るものは、「Power Plants 植物療法と芸術療法 ~植物の薬草文化を学び、自由に表現する~」である。
このプログラムでは、毎回ひとつの植物に焦点があてられる。その植物について、植物療法と芸術療法それぞれの観点から、講義と実習、そしてシェアリングを行い、植物を通して自分自身をみつめるためのプログラムである。
去年10月から今年2月まで行われたプログラムは、以下の通りである。

第1回 「ローズ」(2009年10月)
第2回 「白檀」(2009年11月)・・・不参加
第3回 「モミ」(2009年12月)
第4回 「ミント」(2010年1月)
第5回 「梅」(2010年2月)

そして、今後はあと二つ予定されている。
第6回 「桜」(2010年3月31日予定)
第7回 「沈香」(2010年4月3日予定)

このプログラムの内容の詳細については、主催者の村上志緒さんや渡辺えり代さんのホームページやブログで紹介されているので、興味のある方はご覧いただきたい。私はここでは、参加者の立場として、感じていることを述べたい。

そもそも、私が、村上さんと渡辺さんと初めて出会ったのは、2009年9月の清里リトリートプログラム「森のハーブと芸術療法」であった。お二人は、それぞれの専門分野において知識や経験が豊富で、なおかつ感性やお人柄も素晴らしいが、それ以上に素晴らしいのは、お互いを認め合い尊重し合って、お互いの良さを活かしながら、植物療法と芸術療法を広く深く展開させ、見事にコラボレーションさせていることだった。このプログラムは、単純に、「植物療法+芸術療法」というものではなく、「植物×植物療法×芸術療法=∞(無限大)」であると感じている。つまり、ひとつの植物を通して、植物療法と芸術療法の観点から、自分の生活や生き方、さらには自分を取り巻く環境(エコロジーという視点だけでなく、人間関係や社会性も含めた、広い意味での環境)をも見つめ直すという意味において、無限の可能性をもっているのである。「Power Plants」という名の通り、まさに∞(無限大)の力をいただいているのである。

植物と人間の関係性や影響力は、さまざまあるが、あえてひとつ取り上げて言うなら、「癒しと奉仕」である。これは、このプログラムで渡辺さんが紹介してくれた本、竹村真一著「宇宙樹」に書かれていた言葉である。私は、この「癒しと奉仕」が、人間と植物、そして人間と人間を支えあっているキーワードだと感じた。たとえば、よく、「植物(花とかハーブとかでもよい)に癒される」と言うことがあるが、「癒し」は、「奉仕」なしには生まれない。また、「癒し」なくして「奉仕」もない。植物に癒されている自分は、実は、何かしらの形で、植物に奉仕している。植物に奉仕するということは、植物を育てるとかそういうことではない。植物を見たり、食べたりすることも、広い意味では植物に貢献していることになる。食べたら、植物の個体としてのいのちは終わりかもしれないが、実は、いのちはつながっている。人間は食物を得るために、植物を栽培したり、守ったりしている。それは、お百姓さんだけの仕事ではなく、栽培から売買、そして私たちの口に入るまで、社会全体のプログラムとして成り立ち、貢献されている。
「Power Plants」のプログラムの中でも、癒されるばかりではない。植物療法でハーブレメディを作る実習では、お鍋でぐつぐつ熱しているときに、やたら熱くて、火傷しそうでしんどかったり、芸術療法で画用紙に何かを表現するときは、何をどう表現するかが決まるまでは、やたらと悩んだりもする。だが、熱くて火傷しそうな苦労をして作った軟膏などのハーブレメディは、私たちのからだとこころを癒してくれるし、画用紙に苦労して表現した作品は、シェアリングの時間で、いろんな方からいろんな意見や感想をいただき、今まで自分が気付かなかった自分自身を発見することが多い。人間と植物、人間と人間が、互いに「癒しと奉仕」の関係性にあることに気づく。

人間は「癒し」と「奉仕」が、バランス良く成り立っているときが、一番幸せなのかもしれない。誰かに(何かに)癒されている自分は、誰か(何か)を癒している存在であるし、誰か(何か)に「癒されたい」と求めている自分は、誰か(何か)から「癒されたい」と求められている存在であることに気づくことが、大切なのではないかと感じられる。

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# by tonepedra | 2010-03-23 06:13 | 薬草/植物療法