あをによし 奈良の都の 薬草曼荼羅

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鎌倉散策と表現アートセラピーのワークショップ

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11月のある日、職場のスタッフを対象に、鎌倉散策と表現アートセラピーのワークショップを行った。

当日、鎌倉は、午前中は秋らしく爽やかな気候で、午後からは風が強くなって寒くなってきた。しかし、雨が降ることはなく、よい一日だった。紅葉はほとんど緑色だったが、ほんのり色づき始めているものもあった。

最初は、建長寺に向かった。建長寺では、仏殿や庭園を拝観したあと、長い階段を登り、半僧坊まで歩いた。
半僧坊からは、鎌倉の山と海の景色がよく見えて、トンビが飛んでいた。秋の風は爽やかで気持ち良かった。そこで、私たちはしばらくの間、瞑想をした。瞑想をしている間は、自然を五感で感じ、自分を静かに見つめる時間を過ごした。

次に、「鉢の木」というお店で、精進料理をいただいた。精進料理は、野菜の素朴な味が活かされていて、とても美味しかった。ごまどうふ、揚げた湯葉、野菜の炊いたんは、特に気に入った。皆で一緒に、ご飯もおかわりした。

昼食のあとは、円応寺に行った。円応寺は、閻魔大王をご本尊とする、十王信仰のお寺である。人間は亡くなると、三途の川を渡り、冥界に行き、初七日から三十三回忌まで、十王(あるいは十三王)の裁きを受ける。
たとえば、五七日(三十五日)には、閻魔大王の裁きを受け、来世で何に生まれ変わるかを告げられる。また、七七日(四十九日)には、来世での男女の区別と寿命が決められるという。
仏教の教えでは、生きとし生けるものは、6つの世界(六道)を生まれ変わり死に変わり、行き来する。六道とは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上のことである。
私たちは、今は人間として生きているが、悪いことをすれば、死後の世界で格下げされ、最悪の場合は地獄に落ちる。たぶん、昔の人は、「悪いことをして、たとえこの世で隠し通せても、死んだら閻魔様はすべてお見通しだよ。悪いことをしたら、地獄に落ちて苦しむんだよ。だから、良いことをして生きていけば、死んだら極楽に行ける。死んだあとの次の世でも、また人間に生まれ変われるよ」という風に教えていたのではないだろうか。鎌倉仏教には、よく六道(特に地獄)を描いた絵画が登場する。かなりリアルに描かれたこわい地獄の絵を見せて、恐怖心を植えつけて、悪いことをしないように教育していたのではないだろうか。
ところで、閻魔大王は、生前悪いことをした人に対して苦痛を与えているが、閻魔大王自身も他者に苦しみを与えることを罪だと認識し、1日に3回、自分自身にも罰を与えている。ここに、閻魔大王の苦しみと慈悲を感じられる。
初七日から四十九日までは「中陰」と呼ばれ、あの世とこの世を行ったり来たりしているが、その間も、十王の裁きを受けている。四十九日には、来世の生まれ変わりの男女の差別と寿命が決定される。その後も、一周忌、三回忌・・・三十三回忌まで、十王の裁きは続くのである。現在の法事は、簡略化されて行われていることが多いが、それぞれの法要には意味があるため、その都度法要を執り行うことが、亡くなった方への供養になり、自分自身の善を積むことになり、また、愛する者を亡くした自分自身の悲しみを癒すことにもつながる。

円応寺のあとは、歩いて、覚園寺に向かった。
覚園寺は、鎌倉の自然と仏教が凝縮された、貴重なお寺である。拝観は時間制になっており、拝観時間は約1時間で、お寺の僧侶が案内をする。写真撮影は許可されていないが、その分、自分の目でしっかりと自然や仏像やさまざまなものを見つめ、目に焼きつけることができた。また、お坊さんのお話はとてもユニークで面白く、しかもためになるお話ばかりで、集中して聴くことができた。
興味深かったお話は、愛染明王が「欲をかなえる」仏様だということだった。仏教では、「欲望は悪」というイメージだが、愛染明王は、欲望をもつことを許し、その欲望を叶えてくれるという。また、恋愛成就の仏様ともいわれている。そもそも、人間は、欲なしでは生きられない。食欲や睡眠欲は生きるための基本的欲求であるし、性欲がなければ子孫繁栄もできない。欲は、生きる意味や目的を支えるものでもあるから、欲を悪とは考えず、大切にしたい。
また、境内に生えていたナギという木の葉っぱは、縦に切ろうとしても切れないことから、「縁結びのお守り」として、昔の女性は、嫁入り道具のひとつである鏡と一緒に忍ばせていたという。植物に、いろんな意味や願いがこめられているのは、大変興味深い。
覚園寺のご本尊は薬師如来で、両脇に日光菩薩と月光菩薩、まわりには十二神将がまつられている。薄暗い堂内であるが、どれもとても美しい。また、鞘阿弥陀(さやあみだ)という、珍しい仏像も拝観できる。

鎌倉散策を終えたあとは、甘味屋さんでお汁粉を食べながら、表現アートセラピーを行った。参加者に、小さな画用紙に、鎌倉で感じたことを描いてもらった。皆の作品は、写真の通りである。それらについて、ひとりひとり発表し、思ったことや感じたことを、皆で分かち合った。
参加者は、円応寺や覚園寺は初めてで、十王信仰についても知らなかったとのことで、死後の世界や法事の由来について知り、いろいろなことを感じたようだった。

日常生活では、死について考えることは少ない。でも、今回、鎌倉でお寺の仏像を拝んだり、僧侶の話を聞くことによって、死後の世界について触れることができた。生と死がいつも隣り合わせだということに、なかなか気づけないでいるが、そういうことをあえて意識して、生きている(生かされている)ということへの感謝の気持ちを忘れずに、日々を暮らしていきたい。

tone
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by tonepedra | 2012-12-05 15:01 | 神社仏閣