あをによし 奈良の都の 薬草曼荼羅

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カテゴリ:社会/環境( 3 )

マンダラ塗り絵の効果

マンダラ塗り絵が、ちょっとしたブームになっているらしい。
大きな本屋に行くと、マンダラ塗り絵の本が何冊か並んで置いてある。
以前、テレビのニュースでも、マンダラ塗り絵が流行っていると取りげられていた。

そもそも、マンダラ(曼荼羅)とは、古代インドの言葉であるサンスクリット語(梵語)で、「円輪」をあらわす。だが、もともとの語源は、「本質(エッセンス)をもつもの」という意味があるという。
マンダラは、仏教(特に密教)において、聖域、仏の悟りの境地、宗教観、世界観、宇宙観などをあらわしたものである。密教の曼荼羅は、大日如来を中心とした、「胎蔵界」と「金剛界」の二つをもつ「両界曼荼羅」があるが、そればかりではない。大日如来以外の仏を中心とする場合もある。また、マンダラのような規則的な配列、幾何学的模様などをあらわした図像は、仏教以外の日本の神道や、西洋のキリスト教の宗教画などにもみられる。

マンダラに、人間の深層心理を見出したのは、有名な心理学者ユングである。ユングは、マンダラの模様が、精神医学の治療に役立つと考えたそうだ。おそらく、マンダラの配列や模様は、人間のこころの奥深い部分(スピリチュアリティ)をあらわしており、特定の宗教に限らず、世界の人に共通した、普遍性をもった図像なのであろう。

さて、正木晃著「カラーリング・マンダラNEO」(2010年、春秋社)によると、マンダラ塗り絵の効果は、以下の通りである。

①無心に塗り絵をすることで、日々のストレスから解放される
②こころとからだの深いリラクゼーション効果が得られる
③1枚仕上げるごとに、達成感や爽快感が得られる
④塗りあがった作品を通して、今まで気づかなかった「自分」に出会える
⑤お母さんが子供と一緒に楽しめる
⑥作品を家族や友達同士で見せ合うと、個性の違いもよくわかる
⑦色を塗ることで右脳が活性化し、お年寄りの脳の老化防止に役立つ

マンダラ塗り絵は、初心者でも、カラーペンや色鉛筆を用いて簡単に取りかかれるが、実際やってみると、模様が細かく、かなりの時間がかかり、集中力や忍耐力を要する。
最近出回っているマンダラ塗り絵の本の中には、マンダラ塗り絵の図柄が豊富にある。たくさんある中から、自分の好きな図柄を選ぶのも、自分のこころの状態を知る機会かもしれない。
塗り絵をしたあとは、その作品と向き合い、何を感じたかということを書き留めておくとよい。
作品と向き合い、自分自身のこころと向き合うことが大切である。
マンダラ塗り絵は、こころの縮図。
自分自身の想い、考え、夢、生き方、大切なもの・・・が見えてくるかもしれない。

まずは気楽に、自分の好きな図柄に、好きな色を、思うがまま自由に表現してみよう。

tone
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by tonepedra | 2010-05-06 09:35 | 社会/環境

140文字の自己表現

今、世の中では、ツイッターが流行っている。
今のところ、私はツイッターをしていない。
つぶやき(独り言)は実生活で十分しているし、このブログを維持するだけで、今の私は精一杯である。
それに、いつもブログでも長文を書いてしまう私には、140文字という文字制限が、正直しんどい。
だが、数名の方から、「ツイッターやりませんか」とお誘いを受けて、最近、改めてツイッターをのぞき始めてみた。

今まで私が抱いていたツイッターの印象は、「今、何をたべた」とか「今、どこにいる」とか、そういうことをつぶやくものだと思っていた。しかし、改めていろんな人のツイッターをのぞいたら、140文字の中で、めいいっぱい自己表現をされている方々もたくさんいて、感銘を受けた。
たとえば、美輪明宏さんのツイッターは、人生の格言みたいなことが書かれていた。とても簡潔で、しかも格調が高く、美しい文章であった。
村上春樹さんのツイッターは、小説を断片的に読んでいるようで、面白かった。
鳩山総理のツイッターを見ていたら、政治に関する内容はともかくとして、とりあえず、政治家と一般市民の距離を少し縮めることができるツールなのかもしれないと感じられた。

140文字の中には、いろんな人のいろんな人生がつまっている。
私は、やはりツイッターをやる気にはなれないが、短い文章をまとめる訓練は必要だと感じた。
そういう意味で、俳句や短歌、詩などで自己表現をしてみたい。

tone
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by tonepedra | 2010-04-30 00:24 | 社会/環境

青い光に照らされる孤独と寂しさ

2010年3月17日(水)付の朝日新聞夕刊の7面に、「人の価値が下がる時代 張りつく薄い寂しさ」(宮地尚子)という記事があった。それを読み、それからずっとこの記事のことが、いつも頭のどこかに張りついていた。

自殺者が年間3万人を超える今の世の中。電車通勤をする私も、時々、人身事故で電車が遅れるという事態に遭遇する。そして、電車での人身事故に遭遇することで、私は、人身事故をおこした人の想いや人生に気持ちを傾けることなく、「どうしよう、仕事に遅れる」などという、自分のことばかり考えていた。

去年のある日、やはり人身事故で、電車が止まったとき、私は運よくタクシーに乗ることができた。そのとき、タクシーの運転手さんに電車が止まっていることを告げたら、その運転手さんは、ひとこと、「かわいそうに」とおっしゃった。その言葉を聞いたとき、私が自分のことばかり考えて、他人のことを思いやることができない冷たい人間だと思い知った。

この新聞記事で書かれている通り、「人身事故という放送に驚きと憐みを示した時代から、苛立ちに舌打ちする時代へ。やがてそのことへの良心の呵責も消え、もはや諦めが覆い、車内には薄い寂しさが漂う」。まさに私自身だった。

私たちは、会社や職場で、「使える」「役に立つ」「能力のある」人間であることを求められる。しかし、人間として生きていく社会で、いつもそのことばかりを求められていては、ストレスはたまる一方である。仕事である程度、能力が求めれられるのは当然のことではあるが、私たちは、すべてにおいて、「使える」「役に立つ」「能力のある」人間であってはならない。「役に立つ」ということは、良いことばかりではないのだ。本当は、役に立たなくても、「認められる」「愛される」社会を作らなければいけないのだ。しかし、「役に立たない」と思いこんだ人は、精神的にどんどん追いつめられていってしまう。「役に立たない」という思いは、無意識のうちに、人としての価値を下げていき、いつしか生きる目的や希望を失わせてしまう。

ちなみに、自殺者が最も多いのは、3月1日。最も少ないのは12月30日だそうだ。曜日では、月曜日が最多で、土曜日が最小らしい。厚労省は、「生活の変わり目に自殺のリスクが高まる」と分析しているが、生活が変わる前に、精神的なストレスや疲労のサインはいくらだってある。3月から4月にかけては、別れと出会いの季節であるが、桜の花びらが散った後にこそ、葉桜のように生きる喜びに満ちあふれるかもしれないのに、それに気付かずに、桜とともに散ってしまう人もいる。


ところで、私の地元駅のホームの隅に、青い光が照らされている。最近、駅のホームによく設置されている青い光は、「人の心を落ち着かせる心理的な鎮静効果」があるという、自殺予防のための照明である。本当に効果があるのかはともかく、社会や個人の根本的な問題が解決されなければ、おそらくあまり意味がない。

今、人のこころやいのちが、青い光に照らされている。しかし、人工的な青い光からだけでは、人としての価値や生きる目的を照らし出すことはできない。ホームの隅っこの青い光は、人の寂しさや孤独感をいっそう強めているのではないか。そんなことを考えるのは私だけだろうか。

tone
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by tonepedra | 2010-04-13 19:33 | 社会/環境