あをによし 奈良の都の 薬草曼荼羅

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カテゴリ:植物( 17 )

桜の花と人生観

日本人にとって、桜は特別な花である。日本人にとって、これほど開花が待ち遠しい花はないはずだ。
桜は、春の訪れを告げたり、別れや出会いの季節を感じさせたり、恋や人生や生き方になぞらえたり、とにかく、日本人の人生観そのものを象徴している。
私は、ソメイヨシノより、オオシマザクラという白い桜が好きである。オオシマザクラは、桜餅の葉であるが、実も赤くて可愛い。 ソメイヨシノは香りがないが、オオシマザクラは花もほのかに香り立つ。
何より、オオシマザクラの白い花をみていると、純粋な気持ちになれるような気がする。昔、ある人に、女性に必要なものは、「純なこころ」「趣味(熱)」「食欲」「性」だと言われたことがある。そのすべてが、オオシマザクラにはあるような気がする。白く美しい姿は、「純なこころ」、その花を見たいと思う気持ちは「趣味(熱)」、葉っぱや実は食べられるので「食欲」、そしてその花の美しさや香りに惹かれる想いは「性」。
自分の生き方、人生観が、桜の花のように美しく純粋で潔いとは思わないが、少しでも近づけたらいいなと思う。
今、桜の木には、すでに花はなく、新緑の葉を茂らせている。みずみずしく美しい葉と、力強い枝や幹、そして、見えない場所でいのちを支える根っこ。花はわずかな期間しか咲かないが、人生も花咲く時期ばかりではない。折れそうになったり、枯れそうになったりすることもある。けれど、夢を咲かせるために、人は何歳になっても、いろんなことに夢中になれる。桜の花が咲くように、自分の人生のキャンバスにも、自分の好きな色や形で、自由に夢を描いていきたい。

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by tonepedra | 2016-04-29 03:33 | 植物

花の香り

今日、神代植物公園に行った。
つつじ園では、タチバナ(橘)が咲いていた(一番上の写真)。
バラ園では、ローズドメイ(「5月のバラ」という意味のオールドローズ、ダマスク系)が咲いていた(真ん中の写真)。
そして、温室では、イェイライシャン(夜来香)が咲いていた(一番下の写真)。
どれも、とてもいい香りのする花である。
もっとも、イェイライシャンは、夜に香る花であるが、少しだけ香りがした。

花の香りは、その場限り。瓶に閉じ込めることはできない。
乾燥させるとか、蒸留するとか、アルコールに漬けるとか、そういう方法で香りを保存するというのもあるけど、その花の本当の香りは、一期一会。つまり、咲いている時だけである。
生きている花の香り、咲いている花の香りは、本当に素晴らしくてこころをうたれる。
最近では、芳香剤や入浴剤やアロマなど、さまざまな香りがある。それらは、すでに生活の一部であり、それらによって、心地よさや快適さが提供されている。
しかし、ほんまもんの花の香りは、生きて、咲いているときだけの一期一会の香りである。そのときにしか咲いていないからこそ、その花に出会えると、喜びや幸せに包まれる。

人間も同じである。
人生には、人それぞれの香りがある。
実際に匂うわけではなく(まあ、赤ちゃんはミルクの匂いとか、年を取れば加齢臭とかといわれたりすることもあるが)、その人の香りとは、その人の人格であったり、個性であったり、想いであったり、願いであったり、夢であったりするのではないかと考える。
自分の人生の香りを例えたら、なんだろうか。
自分を花の香りに例えたら、何の花になるかな。
今度、そんなワークショップをやってみたいな。

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by tonepedra | 2013-05-25 18:46 | 植物

さまざまな桜

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今年の春は、桜の開花が早かったせいで、さまざまな桜を見た気がする。
ソメイヨシノはあっという間に咲き終わったが、ふだんソメイヨシノを楽しむような時期に、シダレザクラ、ヤマザクラ、ヤエザクラなど遅咲きの桜を楽しむことができた。
それにしても、日本人はなぜ「花見」にこだわるのかな?
桜は、ソメイヨシノだけではないけど、なぜかソメイヨシノが終わると、もう桜の時期が終わったかのような雰囲気になる。

私の好きな桜は、白い花を咲かせるオオシマザクラ。オオシマザクラの葉は、ご存知、桜餅を包む塩漬けの葉である。ソメイヨシノの花は香りがないが、オオシマザクラの花は、ほのかに香りがする。ちなみに、ソメイヨシノは、エドヒガンとオオシマザクラの交配種なので、花の形はよく似ている。でも、オオシマザクラは、葉と一緒に花も咲く。

しかし、最近は、花見の時期は花粉症の時期と重なり、さらに中国から黄砂やPM2.5という物質も運ばれたりして、なかなか花見を楽しむことは難しくなってきている。2年前は原発事故もあり、いまだに放射能漏れのニュースもあるくらいだから、生き物が生きていく環境というのは厳しいものになっている。さらに、卒業、退職、入学、就職、引っ越しなど人生の転機の時期でもあり、忙しい人も多い。そんな中でも、やはり「ソメイヨシノ」にこだわる理由とはなんだろうか?「花七日」と言われるように、限られた時期だけに咲く「一期一会」の花の美しさなのだろうか?それは、この世に生まれ、死んでゆく「いのち」の象徴でもある。

花といえば、桜を言うように、日本人にとって、桜は日本人の象徴の花。正式な国花ではないらしいが、ほぼ国花に近い。そして、物事の終わりも始まりも象徴するような花でもある。卒業も入学も、退職も就職も、死も生も。ソメイヨシノは、いったん花が散って、そのあと葉が生い茂る。これが、死と生を同時に象徴しているような気がする。

今年は、風に舞う桜の花びらを何度となく眺めていたのだが、風は花びらを土に還し、養分となって、また新しいいのちを支える。「風火水土」がいのちのもとだといわれているが、桜も人も同じく、「風火水土」と周りの動植物と環境との関係に支えられて生きているのだ。
桜の花びらが散って、土の上で腐っているのを見たら、汚く見えるので、誰も「美しい」とは言わず、見向きもしない。しかし、そのときこそ、土の養分になるために、役にたっている。人も同じで、何もできなくて役にたたないと思えても、実は役にたっている。桜に、さまざまな桜があるように、人にもさまざまな人がいて、さまざまな生き方がある。他人と同じようには生きられない。自分だけにしかできない生き方がある。

今年も、新緑がきれいな季節になった。私は葉桜が好きだ。いのちがあふれているから。

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by tonepedra | 2013-04-21 16:25 | 植物

実家の庭の梅の木

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私が生まれる前から、実家の庭の片隅には、梅の木がある。何という品種の木かはわからない。
毎年、実を成らせて、たいてい梅酒か梅干しを作っている。梅の実を収穫するのは、父の仕事である。今年は、梅酒と梅サワーを作ってみた。母は梅ジャムを作ってくれた。

梅の木は、幹はゴツゴツして男性的なのに、花は香り高く可憐で清楚な女性のよう。そして、しっかりと根をはっている姿は、生きる力を与えてくれている気がする。

青緑色から黄色や橙色に色づいた梅の実は、杏のような甘酸っぱい香りがする。梅の実の香りをいつまでも嗅いでいたいという気にさせられる。梅の香りは、どうしてこんなに惹きつけられるのだろう。

木のいのちには、寿命がある。
人のいのちにも、寿命がある。
木も人も、生きているものは、いつか、老いて枯れてゆく運命だが、死ぬ瞬間が訪れるまで、いのちを大切にしなければならない。

老いることや枯れることは、醜いことでも恥ずかしいことでもない。病気になることや死ぬことも、本当はこわいことではない。
死ぬときは、ただ、自然に包まれながら、自然に帰っていくだけのことだから。本当の死は、あったかくて、幸せのはずである。


今年の梅の味は、どんな味がするだろう?同じように仕込んでも、毎年、違う味がする。今から楽しみである。

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by tonepedra | 2012-07-02 19:57 | 植物

利休梅の花

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私の実家の庭には、リキュウバイ(利休梅)がある。愛知県の母の実家にあった木を、取り木にして、東京に植えたものである。

利休梅は、おばあちゃんが大好きな花だった。おじいちゃんも、俳句に利休梅を使っていたらしい。今では、愛知県の家はもうないが、東京の家の中心の木(シンボリック・ツリー)になりつつある。

利休梅は、ソメイヨシノが散る今頃に、清々しい白い花を咲かせる。花が桜に似ているのは、同じバラ科の仲間だからである。白い花と緑色の葉が、初夏を思わせる。遠くから見ても、近くで見ても、ソメイヨシノに負けないくらい美しい花である。

「利休梅」という名前は、千利休とは関係ないようであるが、茶花としてよく利用されたことから、その名がつけられたらしい。「利久梅」「梅花下野(バイカシモツケ)」「梅咲き空木(ウメザキウツギ)」などとも呼ばれているらしい。

利休梅の花言葉は、「控えめな美」「気品」。清楚で可憐に咲く利休梅にふさわしい、素敵な花言葉である。


<植物図鑑>

学名:Exochorda racemosa
英名:Common Pearlbush
和名:リキュウバイ(利休梅、利久梅)
原産地:中国
科名・属名:バラ科ヤナギザクラ属
種類:落葉低木
高さ:2〜4メートル
花期:4〜5月(最近は4月のうちに咲き終わることが多い)
花色:白
歴史:日本には明治時代に渡来。

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by tonepedra | 2012-04-17 17:11 | 植物

クリスマスローズ

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冬の寒さに耐えながら、うつむいて咲く花、クリスマスローズ。
花言葉は、「追憶」「私を忘れないで」「思い出を懐かしむ」「私の不安を取り除いて下さい」「慰め」「私の心を慰めて」「私を安心させて」など、その可憐な姿にふさわしい意味がある。
でも、その反面、「中傷」「スキャンダル」「中毒」「悪評」など、似つかわしくない意味もある。それは、クリスマスローズが有毒植物であるためである。

私の職場の近くに公園があり、近所のボランティアの人たちが世話をしている花壇がある。そこに、以前、クリスマスローズが植えられていたが、ある日、突然なくなっていた。誰かに盗まれたようであった。クリスマスローズが植えられていた場所には、「大切に育てて下さい」と書かれていた。

盗まれたクリスマスローズの花は、愛されて、大切に育てられているだろうか。それとも、もう枯れ果てているだろうか。

クリスマスローズの花は、冬の寒さの中で冷めきった人のこころを、そっと慰めているにちがいない。



<クリスマスローズ 植物図鑑>

多年草
科名:キンポウゲ科
原産地:ヨーロッパから西アジア
草丈:20〜30cm
花期:12〜3月(品種による)
花色:白、黄緑、褐色、茶色、紅紫、ピンク


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by tonepedra | 2011-01-26 21:15 | 植物

凌霄花(ノウゼンカズラ)

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夏の花、といえば、ヒマワリ、アサガオ、キョウチクトウ、ムクゲ、サルビア、オオショッキ、ヘチマ、・・・そして、ノウゼンカズラ。

ノウゼンカズラは、「凌霄花」と書き、中国原産。
鮮やかな橙色の美しい花であるが、毒がある。汁液はラバコールという成分を含み、皮膚につくと、かぶれる。
一日花であるが、毎日次々と新しい花をたくさんつける。

長い夏の間、暑さに疲れてバテそうな心には元気を与え、燃えるような情熱的な心にはさらに美しい彩りを添える。

ちなみに、ノウゼンカズラの花言葉は、名誉、栄光、女性、華のある人生、執着心。

ところで、ノウゼンカズラのような美しい華のある人生を送るためには、つるを絡ませる木が必要である。人間も動物も植物も、みんな一人では生きていけないから、どこかで絡み合いながら生きている。

毒を持ちながらも、他の木に絡まないと生きていけないノウゼンカズラは、なぜか人間に似ている気がする。

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by tonepedra | 2010-08-09 17:52 | 植物

八重咲きのドクダミ

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先日、東京都日野市にある、高幡不動尊にお参りに行った。
そこでは、今、「あじさい祭り」が開催されていて、色とりどりのアジサイの花が、あちらこちらに咲いている。とかく、アジサイばかりに目を奪われがちであるが、実は、ひそかに、ある場所で八重咲きのドクダミの花が咲いている。

ドクダミはどこにでも生えている野草だが、八重咲きは珍しい。白い花びらにみえるものは、実際は花びらではなく、総苞弁が八重になっているのである。

ドクダミは、ゲンノショウコやセンブリとともに、日本三大薬草のひとつ。昔から日本各地に自生している和のハーブである。

ドクダミは、強い匂いを放つため、嫌われがちであるが、私はドクダミの匂いが好きである。ドクダミでなくとも、草の匂いや、森の木の香りは、人のこころに、安らぎと活力の両方を与えてくれる。

ところで、お寺の境内に薬草が生えているのを見ると、私はどうしても、植物(薬草)と宗教(仏教)の関係性を考えてしまう。

人のこころとからだを癒す植物と宗教は、たぶん、切っても切り離せない強い結びつきがある。
それは、こころもからだも健康でありたいと思う祈りや願いから、医療も宗教も発展してきたからだ。
人類の歴史の中で、最初、宗教家(シャーマンや僧など)が医療も宗教も区別なく担ってきたが、いつしか、二つは別々に分かれていった。

17世紀のフランスの哲学者ルネ・デカルトが提唱した心身二元論(実体二元論)は、この世界には、精神(こころ)と物質(もの)という、完全に独立した二つの実体がある、という考え方である。心身二元論では、身体(からだ)は、一部を除いて、完全に物質(もの)として扱われる。
心身二元論があったからこそ、肉体を物質(もの)として冷静に見る西洋医学は、急速に発展してきた。

しかし、人のいのちとは、精神なのか、物質なのか?

こころも、からだも、どちらも大切な人のいのち。どちらも切り離せないもの。
生きていれば、時の流れとともに、歳をとり、確実に、死に向かう。こころのありかたも変化する。

お寺さんに咲いている薬草の花は、何となく効きそうな気がして、ありがたく感じられる。

八重咲きのドクダミは、お寺の片隅で、ひっそりと美しく咲いている。
清楚で凛とした姿は、見つめているだけで、こころを癒される。

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by tonepedra | 2010-06-19 11:04 | 植物

猿の腰掛と謎の石

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実家のザクロの木に、サルノコシカケが寄生している。
サルノコシカケは、キノコの一種で、種類によっては食用や薬用になるものもある。
民間療法で癌の治療薬として期待されている霊芝なども、サルノコシカケの一種である。
だが、サルノコシカケが生えてくる木は、そのうち枯れるともいわれている。
生きとし生けるもの、いずれは朽ち果てる。

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実家の庭には、このような怪しげな石造物もある。
飛鳥(奈良県明日香村)の謎の石のようだが、実は、類いまれな芸術家の作品である。
作品名は、「顔のない男」。
いつしか、この庭にも溶け込んで、すっかり馴染みの「顔」になってきた。
風雨にさらされ、自然と生きる芸術作品である。

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by tonepedra | 2010-05-22 22:36 | 植物

柿の花と柿の葉寿司

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写真は、実家にあるカキ(柿)の木の花である。
この時期、カキは、このような白い小さい花を咲かせる。
柿の花は、花ごと地面にポトンと落ちる。
手のひらに集めると、こんなに可愛い。
子供のおままごとの材料に向いている。

そして、カキの葉は、もうだいぶ大きくなってきた。
そろそろ、柿の葉寿司を作れる頃になってきた。
奈良で食べる柿の葉寿司も美味しいが、自分で作る柿の葉寿司は、とても美味しい。
ちなみに、私は、牧山桂子著「白州次郎・正子の食卓」(2007年、新潮社)に見習って、生のサバやサケではなく、スモークサーモンを使っている。
カキの葉には抗菌作用があり、これからの時期、柿の葉寿司はおすすめである。

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by tonepedra | 2010-05-21 19:28 | 植物