あをによし 奈良の都の 薬草曼荼羅

toneriver.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:神社仏閣( 7 )

鎌倉散策と表現アートセラピーのワークショップ

f0223014_151723.jpg

f0223014_151769.jpg

f0223014_151715.jpg

11月のある日、職場のスタッフを対象に、鎌倉散策と表現アートセラピーのワークショップを行った。

当日、鎌倉は、午前中は秋らしく爽やかな気候で、午後からは風が強くなって寒くなってきた。しかし、雨が降ることはなく、よい一日だった。紅葉はほとんど緑色だったが、ほんのり色づき始めているものもあった。

最初は、建長寺に向かった。建長寺では、仏殿や庭園を拝観したあと、長い階段を登り、半僧坊まで歩いた。
半僧坊からは、鎌倉の山と海の景色がよく見えて、トンビが飛んでいた。秋の風は爽やかで気持ち良かった。そこで、私たちはしばらくの間、瞑想をした。瞑想をしている間は、自然を五感で感じ、自分を静かに見つめる時間を過ごした。

次に、「鉢の木」というお店で、精進料理をいただいた。精進料理は、野菜の素朴な味が活かされていて、とても美味しかった。ごまどうふ、揚げた湯葉、野菜の炊いたんは、特に気に入った。皆で一緒に、ご飯もおかわりした。

昼食のあとは、円応寺に行った。円応寺は、閻魔大王をご本尊とする、十王信仰のお寺である。人間は亡くなると、三途の川を渡り、冥界に行き、初七日から三十三回忌まで、十王(あるいは十三王)の裁きを受ける。
たとえば、五七日(三十五日)には、閻魔大王の裁きを受け、来世で何に生まれ変わるかを告げられる。また、七七日(四十九日)には、来世での男女の区別と寿命が決められるという。
仏教の教えでは、生きとし生けるものは、6つの世界(六道)を生まれ変わり死に変わり、行き来する。六道とは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上のことである。
私たちは、今は人間として生きているが、悪いことをすれば、死後の世界で格下げされ、最悪の場合は地獄に落ちる。たぶん、昔の人は、「悪いことをして、たとえこの世で隠し通せても、死んだら閻魔様はすべてお見通しだよ。悪いことをしたら、地獄に落ちて苦しむんだよ。だから、良いことをして生きていけば、死んだら極楽に行ける。死んだあとの次の世でも、また人間に生まれ変われるよ」という風に教えていたのではないだろうか。鎌倉仏教には、よく六道(特に地獄)を描いた絵画が登場する。かなりリアルに描かれたこわい地獄の絵を見せて、恐怖心を植えつけて、悪いことをしないように教育していたのではないだろうか。
ところで、閻魔大王は、生前悪いことをした人に対して苦痛を与えているが、閻魔大王自身も他者に苦しみを与えることを罪だと認識し、1日に3回、自分自身にも罰を与えている。ここに、閻魔大王の苦しみと慈悲を感じられる。
初七日から四十九日までは「中陰」と呼ばれ、あの世とこの世を行ったり来たりしているが、その間も、十王の裁きを受けている。四十九日には、来世の生まれ変わりの男女の差別と寿命が決定される。その後も、一周忌、三回忌・・・三十三回忌まで、十王の裁きは続くのである。現在の法事は、簡略化されて行われていることが多いが、それぞれの法要には意味があるため、その都度法要を執り行うことが、亡くなった方への供養になり、自分自身の善を積むことになり、また、愛する者を亡くした自分自身の悲しみを癒すことにもつながる。

円応寺のあとは、歩いて、覚園寺に向かった。
覚園寺は、鎌倉の自然と仏教が凝縮された、貴重なお寺である。拝観は時間制になっており、拝観時間は約1時間で、お寺の僧侶が案内をする。写真撮影は許可されていないが、その分、自分の目でしっかりと自然や仏像やさまざまなものを見つめ、目に焼きつけることができた。また、お坊さんのお話はとてもユニークで面白く、しかもためになるお話ばかりで、集中して聴くことができた。
興味深かったお話は、愛染明王が「欲をかなえる」仏様だということだった。仏教では、「欲望は悪」というイメージだが、愛染明王は、欲望をもつことを許し、その欲望を叶えてくれるという。また、恋愛成就の仏様ともいわれている。そもそも、人間は、欲なしでは生きられない。食欲や睡眠欲は生きるための基本的欲求であるし、性欲がなければ子孫繁栄もできない。欲は、生きる意味や目的を支えるものでもあるから、欲を悪とは考えず、大切にしたい。
また、境内に生えていたナギという木の葉っぱは、縦に切ろうとしても切れないことから、「縁結びのお守り」として、昔の女性は、嫁入り道具のひとつである鏡と一緒に忍ばせていたという。植物に、いろんな意味や願いがこめられているのは、大変興味深い。
覚園寺のご本尊は薬師如来で、両脇に日光菩薩と月光菩薩、まわりには十二神将がまつられている。薄暗い堂内であるが、どれもとても美しい。また、鞘阿弥陀(さやあみだ)という、珍しい仏像も拝観できる。

鎌倉散策を終えたあとは、甘味屋さんでお汁粉を食べながら、表現アートセラピーを行った。参加者に、小さな画用紙に、鎌倉で感じたことを描いてもらった。皆の作品は、写真の通りである。それらについて、ひとりひとり発表し、思ったことや感じたことを、皆で分かち合った。
参加者は、円応寺や覚園寺は初めてで、十王信仰についても知らなかったとのことで、死後の世界や法事の由来について知り、いろいろなことを感じたようだった。

日常生活では、死について考えることは少ない。でも、今回、鎌倉でお寺の仏像を拝んだり、僧侶の話を聞くことによって、死後の世界について触れることができた。生と死がいつも隣り合わせだということに、なかなか気づけないでいるが、そういうことをあえて意識して、生きている(生かされている)ということへの感謝の気持ちを忘れずに、日々を暮らしていきたい。

tone
[PR]
by tonepedra | 2012-12-05 15:01 | 神社仏閣

いのちのたね

f0223014_1135944.jpg

奈良・春日大社の中にある、風宮神社の傍らに、七種寄木(なないろのやどりぎ)という不思議な木がある。

七種寄木は、カゴノキを母樹として、ツバキ、ナンテン、ニワトコ、フジ、カエデ、サクラが着生した。風宮神社の風神が、いろいろな種を風に乗せて運んできたとされる。
風神は、息を司ることから、いのちの神様でもある。この木は、風で種が運ばれて、いのちが「宿る」ということから、「子を授かる」、または、「妊婦を守る」という信仰が厚い。
ちなみに、この木に、願い事を書いたこよりを結ぶと、願いが叶うらしい。

目に見えない風が、いのちを宿すということは、一見、不思議なことのように思われるが、実は、理にかなっている。風はいつも新鮮な空気を運んでくれる。植物にとっても、人間や動物にとっても、空気(酸素や二酸化炭素)は、生きていく上でなくてはならない、大切なもの。軽やかな風は、新鮮な空気を運び、いのちを支える。淀んだ重い空気は、病気や疫など、いのちにとって悪いことを招く。

風が吹くということは、流れているということ。
同じものは二つとしてなく、同じような時は二度と流れない。つまり、「無常」だということ。
いのちは、風のように、流れている。過去から未来に向かって、誕生から死にむかって、時間とともに着実に流れている。

いのちはみんな、最初、ひとつぶのたねだった。たねが芽を出し、葉を広げ、枝や茎を伸ばし、花を咲かせ、実を結び、また、ひとつぶのたねに戻る。いのちは、そんな堂々巡りの繰り返し。だけど、繰り返されるいのちに、どんな意味や目的があるのかはわからないけど、ひとつぶのたねを大切に守るために、植物も動物も人間も、一生懸命生きている。

いのちのたねは、「風火水土」に支えられて、成長し生きている。風(空気)も、火(太陽の光と熱)も、水も、土も、どれが欠けても、いのちは生きてはいけない。
時々、風火水土は、台風や異常気象や津波や地震などに姿を変えて、人間に対して、怒りと戒めを見せる。それでも、人間は、私自身も含めて、自然の恵みへの感謝と畏怖を忘れてしまう。本当は、そのことこそ、人間は忘れてはならないのに。

七種寄木は、七つのいのちが、寄り添って生きている。
こんなふうに、お互い支え合って生きていけたらいいな。

tone
[PR]
by tonepedra | 2011-09-01 11:04 | 神社仏閣

恋の水神社

f0223014_1959711.jpg

f0223014_1959736.jpg

愛知県知多半島の美浜に、「恋の水神社」という小さな神社がある。
その名の通り、恋愛成就の神社として有名であるが、健康長寿や交通安全の神社でもある。

神社の鳥居は、写真の通り、スカイブルー。水をまつっている神社だから、青くしたのだそうだ。神社の鳥居は、普通、赤色(おそらく、魔よけや厄除けの意味)が多いが、特に決まりはないそうらしい。

神社の周囲は、目印がないので目立たないし、神社の境内は狭い。しかし、若い女性のグループやカップルなどでにぎわっている。縁結びのお守りは、人気が高い。

境内には「恋の水」と呼ばれている涌き水がある。少名彦命が、この涌き水を飲んで、病気が治ったと伝えられている。また、別の言い伝えでは、聖武天皇が光明皇后の病を治すために、玄坊にこの水を汲みに行かせ、持ち帰らせたところ、皇后の病が治ったといわれている。
そんな伝説から、「恋の水」は、万病や健康長寿にご利益があるとされているが、平安時代の桜姫の伝説から、恋わずらいや恋愛成就などに効くとされている。
願い事を書いた紙コップ(200円)に、半分程度、「恋の水」を入れて、お供えすると、願いが叶うといわれている。

ちなみに、桜姫の伝説とは、平安時代の貴族の娘である桜姫が、家臣の青町と恋に落ち、周囲の反対を押しきって結婚したが、ある日、青町が病気になった。桜姫は、神のお告げで、万病に効く水を求めて、恋の水神社があるあたりにやってくるが、貴族を嫌う住民に嘘を教えられ、疲れきった桜姫は死んでしまった。
そんな悲しいお話から、「恋の水」と呼ばれるようになったげな。

恋愛に効くかどうかはともかく、水というのは、人間が生きていくうえで、とても大切なもの。特に、神道では、水と塩は、お清めの重要なアイテム。こころもからだも清浄にすることは、恋愛においても、人生においても、大切なことかもしれない。

いつの世も、恋愛成就や健康長寿など、人々の祈りと願いは同じである。大切なことは、どの寺社にお参りに行くべきかということではない。祈りや願いや感謝の気持ちを、いつまでも持ち続けて生きていくことである。

tone
[PR]
by tonepedra | 2011-02-07 19:59 | 神社仏閣

飛鳥坐神社の「むすひ」の神さま

f0223014_22242027.jpg
f0223014_22223358.jpg


奈良県高市郡明日香村にある飛鳥坐神社は、私の大好きな神社のひとつである。
毎年2月の「おんだ祭」は夫婦和合の奇祭として有名である。
この神社は、こじんまりとしていて、境内は広くはないが、ところどころに、男女の性器を象徴した石があり、夫婦和合や子授けの神をおまつりしている。

この神社におまつりされているのは、「むすひ」(結び)の神さまである。「むすひ」とは、男女の性的な交わりだけを表すのではなく、家族や友人などとの人間関係、学校や会社や地域などの社会との関係、物質的なものや精神的なものも含めた生産をも表す。

そういえば、「おにぎり」のことを、「おむすび」ともいう。「おむすび」は、日本人の主食であるコメで作られており、日本人の精神の原点を表している、いわば、スピリチュアル・フードである。「おむすび」は、人の手によって、祈りや願いや感謝の気持ちをこめて握られたもの。「おむすび」は、「むすひ」の神さまが宿る食べ物なのかもしれない。

ところで、この神社には、「福の種」という、かわいらしいお守りがある。私は子授けの種という意味なのかと思い、神社の方にたずねたところ、「いろんな幸せの種ですよ」というお返事をいただいた。夫婦和合、子授けだけでなく、ありとあらゆる「むすひ」がもたらす幸せの種だということなのだろう。
日常生活の中で、ふだんあまり気づくことができない小さな小さな幸せの種。ささいなことでも幸せだと気づく感性が、「福の種」なのだろう。その種を大切に育てていくことが、良い「むすひ」につながるにちがいない。

tone
[PR]
by tonepedra | 2010-09-20 19:59 | 神社仏閣

大人の修学旅行

最近、「大人の修学旅行」と称して、学生時代に行った修学旅行の土地を訪れる人が多い。
私にとって、小学校の修学旅行は日光、中学校の修学旅行は京都と奈良だった。
あの頃は、お寺や神社や古い町並みなどの価値がわからなかった。
ただ、奈良の薬師寺の東塔だけは、素晴らしいと感じたことは覚えている。
そして、薬師寺でお土産に買った、般若心経のうちわのことも、覚えている。
たぶん、記憶の断片があったからこそ、何年も経ってから、また行きたいと思えたのだろう。

最近の学生が行く修学旅行の場所は、ディズニーランドやユニバーサルスタジオや外国だったりして、それはそれで良いのだろうけど、日本の良い歴史や文化に触れる経験が少なくて、少しお気の毒である。私は、修学旅行が京都や奈良であったことに、深く感謝している。修学旅行の貴重な思い出があったからこそ、今、こうして仏像やお寺や神社を好きになれたのだから。
大人の修学旅行に人気があるのは、子供の頃を懐かしいと思う気持ちの他に、子供の頃にわからなかった価値観や人生観を養うためなのかもしれない。

先日、駅に置いてあった東武線の情報誌「東武沿線見聞録 TOBEMARCO(トウブマルコ)」に、「春の日光 大人の修学旅行」という特集があった。
表紙の女性に見覚えがあり、誰だろうと思っていたら、「仏像ガール」さんだった。
仏像マニアのアイドル的存在である「仏像ガール」さんは、相変わらずかわいい。そして、いつも仏像やお寺を満喫されているようで、羨ましい。
「仏像ガール」さんは、日光の社寺でよく描かれている龍について、こう語っている。
「龍は寺社にとって大切な存在なんです。建物や仏像のほとんどは木造なので、火は大敵。龍は水を呼び、雨を降らす存在なので、天井に龍の絵を描いて守ってもらうという意味があるんですよ」
また、天上界に昇ることができるのは龍だけで、人々の願いを春に天上界に持っていき、秋に降りてきてくれるのだとか。それが春分の日と秋分の日で、その日にお墓参りをして、自然界や祖先に祈りや感謝の気持ちを捧げるのだそうだ。他にも、三猿や眠り猫、十二支などの動物にも、いろんな意味がこめられているらしい。そういう意味を知るということは、とても大切なことだ。

読んでいるうちに、なんだか、日光に行きたくなってきた。

tone
[PR]
by tonepedra | 2010-05-08 22:00 | 神社仏閣

3月4日 法華寺、法隆寺そして中宮寺へ

3月2~4日の奈良旅行、最終日は、午前中に、宿の近くの法華寺へお参りし、昼食をJR奈良駅周辺で食べたあと、午後は法隆寺と中宮寺にお参りした。

法華寺は、奈良時代、光明皇后(聖武天皇の奥さま)が、総国分尼寺として建てられたお寺である。そして、門跡寺院であり、皇室の象徴でもある菊の御紋が入った、由緒正しきお寺である。ご本尊の十一面観音さまは、光明皇后の生き写しといわれている。十一面観音さまは、毎年春と秋の期間限定の御開帳のため、今回はお会いすることはできなかった。
私が、法華寺で一番好きな場所は、「からふろ」(浴室)である。そのころの入浴は、湯船に入るのではなく、蒸気にあたることであった。「からふろ」は、光明皇后が、薬草を煎じ、その蒸気で多くの難病者を救済されたといわれている。一説によれば、皇后自らの御手で、千人もの難病者のからだを洗ったとか。まるで、日本のナイチンゲールのような御方である。いや、ナイチンゲールのほうが後世の人だから、ナイチンゲールが光明皇后のような方だというべきか。千人のからだを洗ったというのはあくまでも言い伝えではあるが、光明皇后の精神はそれに相当するものなのだと感じられる。現代の日本の介護・看護職も、光明皇后の精神を受け継いでいけたらいいのに・・・。

法隆寺は、金堂や五重塔をはじめ、仏像の数々が、国宝に指定されており、とても美しいお寺である。今回は行かなかったが、斑鳩三寺と呼ばれている、法隆寺、法輪寺、法起寺をめぐる道は、どこか懐かしい日本の原風景の場所で、私はとても好きである。
法隆寺は、「和を以て、貴しとなす」で始まる十七条の憲法で有名な、聖徳太子が創建したお寺である。私は「和」ということを重んじたその精神が好きである。以前、ある先生から、「平和ではなく、和が大切だ」と言われたことがある。平和という言葉の反対語には「戦争」がある。「愛」という言葉の反対には「憎しみ」がある。でも、「和」という言葉には、その反対のことばはない(あえて屁理屈を言うなら、「不和」という言葉はあるが)。和は世界をつなぐ大切な言葉なのである。その「和」という言葉を最初に大切にした聖徳太子という人は、素晴らしい人だったのだろう。
「和」の精神もさることながら、建築や仏像彫刻の美も素晴らしい。私が好きな仏像は、「夢違観音」さまである。悪い夢を良い夢に変えて下さる観音様はとても愛らしい表情をされていて、こころが癒される。

中宮寺は、聖徳太子が母のために創建したお寺で、こちらも菊の御紋が輝かしい門跡尼寺である。ご本尊の「如意輪観音」さま(弥勒菩薩半跏像)は、聖徳太子の母のお姿をモデルにしたといわれている。とても優雅で美しい微笑みをたたえられた如意輪観音さまは、世界三大微笑のひとつとされている(他に、モナリザとスフィンクス)。
中宮寺のお宝は、もう一つある。それが、「天寿国曼荼羅繍帳(てんじゅこくまんだらしゅうちょう)」である。これは、聖徳太子が亡くなられた時、太子の死を悲しみ、死後の幸福を祈った太子の妻が、侍女に織らせたものだといわれている。とても飛鳥時代のものとは思えない、美しい刺繍で、想いが込められているのを感じられる。なぜか、鎌倉時代に修復された箇所より、飛鳥時代から残されている箇所のほうが、色が鮮やかで美しい。

今回の旅は、なんと、奈良の門跡尼寺を三ヶ所ともまわっていた。飛鳥・奈良時代の日本の女性の祈りの素晴らしさを感じられた良い旅となった。
次回、私が奈良に行くのは、4月3日(土)。トトラボとCAW主催の植物療法と芸術療法のワークショップ「Power Plants 沈香」に参加するために行く予定だ。場所は奈良公園近くの、セミナーハウス。その頃は奈良公園の桜の時期でもある。桜の咲くころに、沈香の香りを聞くのが、今からとても楽しみである。
ちなみに、3月31日も、東京世田谷の砧公園で、「Power Plants 桜」のワークショップがある。まだ参加者募集中だそうなので、興味のある方は、トトラボのサイトまで。

http://www.totolab.com
[PR]
by tonepedra | 2010-03-18 14:53 | 神社仏閣

3月3日 バスツアー「静寂の尼僧寺院と正暦寺」

3月3日、奈良交通の定期観光バス「静寂の尼僧寺院と正暦寺」のコースに参加した。
奈良交通の定期観光バスの中でも、このコースは特殊である。
このコースの目玉は、なんと、ふだん非公開の門跡寺院である「円照寺」にお参りできることである。
そして、正暦寺では、手作りの精進料理もごちそうになる。
1日がかりで、昼食付きで、7150円。とても、盛りだくさんで、お得なツアーである。

最初に、「興福院」にお参りした。興福院には、名物の尼さんがいらっしゃる。すでに90才を越えられた、スーパー尼さんである。お名前を存じ上げないので、友人と私は、恐れ多くも、その方を、「こんぶばあ」とお呼びしている。不謹慎にもほどがある。が、とても可愛くて、魅力的な方なのである。そして、「こんぶばあ」のお話はとても面白い。
興福院のご本尊は、天平時代に作られた、阿弥陀三尊(重要文化財)である。興福院の阿弥陀さまは、徳川幕府解体の際、もう幕府から援助を受けられない(お金をもらえない)と知って、急いでお金を使うために、阿弥陀さまに、こともあろうに、ご丁寧に金を分厚く塗ってしまった。だから、貴重な天平仏で、本来は国宝の価値もあるのに、金を塗ったために、重要文化財なのだとか。
そもそも、国宝とか重要文化財とか、そのような価値基準に左右されて、私たちは、ものを見る眼を失ってしまっている。こころの眼でよく見て、美しいとか、面白いとか、愛おしいとか、こころから感動することができれば、それはもう国宝以上なのだ。

次に、「正暦寺」にお参りに行った。正暦寺のご本尊は、薬師如来(白鳳時代)である。秘仏であるが、特別に拝観させていただいた。とても可愛らしい仏像である。正暦寺は、日本酒発祥の地としても、また、紅葉の時期には「錦の里」としても有名である。だが、私が一番好きなのは、正暦寺は、精進料理をふるまってくださることである。住職の奥様が、丹精込めて、作ってくださった精進料理は、素朴であるが、自然の滋味にあふれていて、とても美味しい。お寺の境内の畑で作られた野菜も使われている。大和芋のお汁はからだが温まり、ふきのとうの天ぷらは、ほろ苦く、春の訪れを感じさせられた。

最後に、「円照寺」にお参りに行った。円照寺は、奈良の三大門跡尼寺(円照寺、中宮寺、法華寺)のひとつである。門跡尼寺とは、皇室の女性が出家する尼寺のことである。その証拠に、由緒正しき菊の御紋が随所随所にある。円照寺は、なにより、庭が素晴らしい。その日は、桃色の枝垂れ梅が満開だった。ふだんは非公開であるが、三島由紀夫の「春の雪」の映画化の際、ロケにも入ったそうだ。そして、奈良交通の今回のコース以外で、一般の人がこのお寺に入ることはできない。凛として、清楚なたたずまいのお庭を、いつまでもいつまでも眺めていたかった。

本当に充実した一日だった。来年もまたこのコースに参加したい。もちろん、来年もぜひ、「こんぶばあ」にお会いしたい。
[PR]
by tonepedra | 2010-03-16 00:45 | 神社仏閣