あをによし 奈良の都の 薬草曼荼羅

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カテゴリ:奈良( 17 )

風と空と緑と・・・奈良の色

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もう何ヵ月も前になるが、6月のある日、1泊2日で奈良に行ってきた。

1日目は、東大寺大仏殿、二月堂、三月堂、春日大社、興福寺、奈良町、薬師寺に行った。いわゆる、修学旅行で行くような、定番コースである。そして2日目は、ちょっと足をのばして、室生寺と長谷寺に行った。

1日目、奈良国立博物館の裏を通りかかった時に、地元の人に声をかけられ、大きなムクロジの木に、タケが生えているのを見た(1番上の写真)。どうやら、ムクロジの幹が空洞になっていて、近くに生えていたタケが地下から根を伸ばして、幹の中から、タケノコを生やして、それがぐんぐん伸びてきたらしい。タケの生命力の強さと美しさを感じられた。こういうのを共生と呼べるのかわからないけど、ムクロジもタケも、全く違う生き物だけど、お互いちょっとずつ我慢しながらも、何とか一緒に生きているところがいいなと感じた。

2日目に行った室生寺は、別名「女人高野」と呼ばれている、女性のための修行のお寺。昔は、高野山が女人禁制だったため、高野山に入りたくても入れない女性は、このお寺で修行したらしい。このお寺は、仏像も女性的なお顔をされている。十一面観音様は、国宝にも指定されており、特に美しいお顔である。昔の人は、こんな美しい仏様を、よくぞ作ったなと感心してしまう。いや、昔のほうが、人のこころも豊かで美しかったのかもしれない。
室生寺は、山道を登ると、舞台作りの御堂がある。そこから眺める景色は本当に素晴らしく、風も空も緑も、優しく美しく心地よく感じられた。こんなに美しくて心地よい自然に触れながら、お寺で祈ることができるのは、幸せなことだと感じられた。

風も空も緑も心地よく感じられる場所、それが奈良である。私にとっては、何度でも行きたくなる、まほろばである。
まほろばの奈良の色は、澄みきった青い空のスカイブルーであり、木々の緑や茶色である。そして、風は、何にも染まらない透明でありながら、さまざまな色を運んでくれる。

また、風と空と緑を感じたくなったら、奈良に行こう。

tone
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by tonepedra | 2013-10-07 20:14 | 奈良

正暦寺の精進料理

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先日、奈良交通・定期観光バスの「静寂の尼僧寺院と正暦寺」というコースに参加した。
まずは、興福院という静かな尼寺を拝観し、92歳だとおっしゃる素敵な尼さんにお会いした。
そのあと、正暦寺というお寺で、お参りをさせていただいたあと、住職さんの奥さんが作って下さる精進料理をいただいた。
ふきのとうや宇陀の金ごぼうのてんぷら、ごま豆腐、大和芋のお汁、野菜の炊いたん、水菜のからし合え、つくしや菜の花など、ところどころに季節を感じさせてくれるお料理だった。
料理に入っている野菜や山菜は、なるべくその土地に生えているものや近くの畑で育てているものを使っており、身土不二の精神が生かされている。

正暦寺は、昔はとても大きなお寺だったが、歴史の大きなうねりに巻き込まれた末に、今では小さなお寺となっている。でも、今の住職さんは、お寺の歴史や過去の人々の想いを真摯に受けとめておられて、観光地の有名なお寺よりも、ずっと素晴らしいお寺のような気がした。

正暦寺のご本尊は、薬師如来。こころとからだの健康を守って下さるお薬師さんは、このお寺では、とても可愛らしいお顔の仏さまである。また、孔雀明王も素敵だった。孔雀は毒を持つコブラを食べることから、人間の三毒(貪り、怒り、愚痴)を食べて下さる仏さまとして信仰されている。毒を食べて下さるので、薬師如来と同じだと、住職さんはおっしゃっていた。

お寺にお参りすると、精神的にも肉体的にも健康になった気分になる。それは、
①仏像を拝むことで、こころが洗われて、清々しい気持ちになれること
②お寺までの道のりを自分の足で歩くことで運動になり、適度に疲れて、よく眠れること
③精進料理で、野菜や山菜をたくさん食べて、体の中の毒が出されること(デトックス)
というような理由が考えられる。
でも、やはり、仏さまや神さまや、いろんな人、いろんなことに感謝する気持ちをもつことが、一番の健康法かもしれない。

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by tonepedra | 2012-03-03 19:21 | 奈良

あをによし

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「あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり」
万葉集では、奈良の都がこのようにうたわれている。

先日、奈良に旅行し、今年になってから初めて平城宮跡を訪れた。今年、平城宮遷都1300年を記念して建てられた大極殿にも足を運んだ。

大極とは、宇宙の根源のことで、古代中国の天文思想では「北極星」を意味する。大極殿は、和銅8(715)年に完成したといわれている。もちろん、今回の大極殿はレプリカであるが、壁には、四神と十二支が描かれていて、その当時の宇宙観、宗教観を垣間見た気がした。

大極殿も、朱雀門も、朱色が眩しい。「あをによし」とは、木々の緑に、建物の朱色が美しく映えていて景色が良いという意味である。奈良とは、そういう美しく素晴らしい場所<まほらば>であった。

今の奈良はどうだろうか?奈良の町も、日に日に変わりゆく。しかし、奈良は、世界遺産や国宝や重要文化財の宝庫であり、また自然も素晴らしい。それらを大切に守ろうとしている人々が、少なからずいる。

これからもずっと、奈良を見ていきたい。

tone
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by tonepedra | 2010-09-14 14:08 | 奈良

奇跡の阿修羅さま

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今日、東京・上野にある東京国立博物館へ行った。今の時期、博物館では特別展をやっていないので、日曜でもそんなに混んではいない。常設展示をゆっくり見てまわろうと思い立って、向かった。

そこで、思いがけず、素敵な催しに巡り合えた。
4月2日から6月27日、表慶館の奥にある資料館で、ミュージアムシアター(バーチャルリアリティコンテンツ)「興福寺 阿修羅像 奇跡の仏像」が上映されているのだ。
ちなみに、上の写真が、ミュージアムシアターのチラシである。

小さな映画館を思わせるミュージアムシアターは、140インチの大きな画面のバーチャルシアター。ふだん、美術館や博物館、宝物館などの展示で見過ごしがちな、仏像の細部の色やデザイン、施しを見ることができる。

奈良県奈良市にある興福寺は、奈良を代表するお寺のひとつであり、興福寺の五重塔は、観光名所として、奈良のシンボル的な存在でもある。

約1300年前、光明皇后が、母である橘美千代の一周忌に際し、興福寺に西金堂建立を発願した。
西金堂は火災で失われ、現在、石碑があるのみである。
かつては、その西金堂に、阿修羅さまをはじめとする八部衆が安置されていた。
八部衆は、光明皇后が信仰していた経典に基づいて作られたという。

光明皇后は、当時、絶大な権力をもつ藤原一族の娘で、4人の兄に支えられ、聖武天皇の妻となり、藤原一族と天皇家の結びつきをさらに強くした。しかし、皇后となってから、母を亡くし、さらに、兄たちも当時流行した天然痘で次々に亡くなった。
また、世の中の情勢は、天災や飢饉、貧困、疫病の流行などで、荒れ果てており、人々のこころも救いの光が見えないまま、闇に深く閉ざされていた。
もともと仏教を厚く信仰していた光明皇后は、身内の不幸や世の中の惨事に、深く悲しみ、苦しんでいたことだろう。
興福寺西金堂の建立は、光明皇后の深い悲しみや苦しみによって、発願された。
阿修羅さまが、少年のような姿でありながらも、どこか女性的な面影も感じられるのは、光明皇后の慈悲に満ちた想いがこめられているのではないだろうか。

阿修羅さまは、もともとインドの闘いの神さまであるが、ブッダに出会い、深く仏教に帰依した。
興福寺の阿修羅像は、闘いの神とは思えないほど、少年のようなまなざしと華奢で美しい姿で、現在でも、人々のこころを魅了している。

ところで、阿修羅さまには、3つのお顔がある。
左のお顔は、下唇を噛み締めている。仏のこころと出会い、闘争に明け暮れていた生き方に迷いが生じる時期を表している。右のお顔は憂いと苦渋にあふれ、自己を見つめ、過去の行いを懺悔している時期を表す。真正面のお顔は、仏の教えに帰依し、真っすぐに貫こうとする真摯なまなざしである。

阿修羅さまの3つのお顔は、迷いから懺悔、そして発心までの過程を表し、人間にとってあるべき姿を提示してくれているように感じられる。

東京国立博物館のミュージアムシアターは、金曜、土曜、日曜、祝日のみで、当日予約制。本館1階入口で受け付けている。常設展の代金を払えば、無料で見ることができる。
また、ミュージアムシアターの次回作は、7月2日から9月26日までの金土日祝日で、「唐招提寺」が予定されている。これも、私にとっては必見である。

ミュージアムシアターを見終わったあとは、法隆寺宝物館で、飛鳥時代の仏像や仏具などを拝み、奈良パワーをいただいた。
法隆寺宝物館は、東京にいながら、奈良パワーを感じられる、私にとっては、こころのオアシスのような場所である。

博物館のお庭もよく手入れされており、植物の数が豊富で、素晴らしい。たくさんの木々に囲まれ、木陰のベンチに座ると、とても気持ち良い。
薄曇りの空の下、博物館の黒門の近くには、私の大好きな木、ヤマボウシの白い花が風に揺れていた(下の写真が黒門)。

今年、奈良は平城遷都1300年を記念して、奈良のいたる場所、特にお寺や神社などで、特別拝観や特別企画も多い。
奈良の仏像やお寺、神社などに秘められた、昔の奈良の人々のさまざまな想いに触れてみたい。

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by tonepedra | 2010-06-13 20:25 | 奈良

龍が棲んでいる場所

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奈良の旅3日目に、室生をまわった。室生龍穴神社(むろうりゅうけつじんじゃ)と室生寺をお参りするためである。

まずは、室生龍穴神社でお参りした。
室生龍穴神社は、室生寺が建立される前からある古社である。雨乞いの神である、タカオカミノミカミを主神としてまつっている。雨神タカオカミノミカミは、水と火を司り、晴雨を調節し、農業を営む日本人にとっては、大切な存在であった。今でも、奥宮である「龍穴」で、雨乞いの神事が執り行われるらしい。

さて、龍穴神社をお参りしたあと、その奥宮の「龍穴」に向かった。舗装された山道を、ゆっくりと歩いていった。本来は、龍穴神社の社務所で手続きをふみ、白装束でお参りするべきであると看板には書いてあったが、残念ながら、社務所は開いていなかった。

「龍穴」までの道の途中に、「天の岩戸」があった。二つに割れた大きな岩がまつられていた。岩の上に木が生えていた。

「龍穴」は、とても神秘的で厳かな雰囲気を漂わせる穴である。本当に、龍が棲んでいるのではないかと思わせるほどだ。昔の人は、本当に龍を見たから、このような「龍穴」という名前がつけられたのではないかと感じられた。
龍穴は、どこまでも果てしなく続く異次元の世界の入口のようだった。もちろん、神の聖域である。

龍穴の近くには、滝が流れていた。滝は、見るからにとても清らかで澄んだ水で、心身清浄となれるような場所だった。

龍穴をあとにして、次に室生寺に向かった。

室生寺は、「女人高野」とも呼ばれ、女人禁制の高野山に対し、女人が入ることを許された寺であった。
石楠花の花が有名であるが、すでに花期は終わっていた。
金堂や五重塔をお参りしたあと、奥の院に向かった。五重塔から奥の院までの参道は、石段が続いている。石段はかなり長く続いており、見るからに高いが、高齢の方々も、頑張って歩かれておられた。

そもそも、お寺や神社を回るとき、山を登り下りすることが多い。山は神聖な場所であり、山を登ることにより、心身が清浄となり、無心に祈ることにより、こころもからだも癒される。

私も、高齢になっても、お寺や神社を元気に歩けるよう、日頃から心身の健康に留意し、健康に生かされていることに感謝したい。

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by tonepedra | 2010-06-09 21:57 | 奈良

かぎろひの里

奈良の旅、2日目の夜は、宇陀市にある「椿寿荘(ちんじゅそう)」に泊まった。
椿寿とは、長寿を意味するそうだ。
ここは、かつては県立老人保養ホームだった場所だが、今ではNPOが経営している宿である。
最寄駅の榛原駅からはかなり離れているが、宿泊費が安く、温泉もあり(本郷温泉)、お料理も美味しかった。観光客は
宇陀の町を散策するには、とても良い宿である。

3日目の朝は、宇陀のかぎろひの丘・万葉公園と阿紀神社を訪れた。
宇陀は、かつて、柿本人麻呂が軽皇子(のちの文武天皇)のお伴をして阿騎野で狩りをした際、「かぎろひ」という雄大な朝焼けの風景を詠った場所である。
宇陀での狩りとは、「薬狩り」を指す。薬狩りとは、男性は薬になる鹿などの動物を狩り、女性は薬草を摘む、飛鳥・奈良時代の宮廷行事である。

ひむがしの 野にかぎろひの 立つみえて かへりみすれば 月かたぶきぬ (柿本人麻呂:「万葉集」より)

柿本人麻呂が詠んだこの歌の「かぎろひ」とは、いったいどんな朝焼けだったのだろう。
人麻呂や軽皇子にとって、何かを予感させるようなこころの風景が詠まれているのだろうか。

かぎろひの丘・万葉公園をあとにして、阿紀神社に向かった。

阿紀神社は、天照大神を祀った、古式ゆかしい神社である。
また、お能に関係のある神社らしく、能舞台があり、毎年6月中旬あたりに、「蛍能」が奉納されている。
そして、阿紀神社のあたりには、野生の蛍が棲息しているらしく、お能の舞台の上で、蛍の光が舞えば、さぞかし夢幻の舞台になるだろう。

宇陀のかぎろひの里は、あたりにスーパーやコンビニなどもなく、飛鳥や法隆寺周辺の日本の原風景を思わせる風景である。ここに来れば、日本の大切なものが残されている気がする。

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by tonepedra | 2010-06-08 14:11 | 奈良

ありふれた奈良の空

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奈良旅行の2日目、まずは友人とともに、早朝の奈良公園を散歩した。

宿を出て、東大寺周辺、二月堂、春日山原生林の遊歩道、春日大社、興福寺を約3時間、ひたすら歩いた。特に、東大寺から春日山遊歩道は、朝の静寂の中、さわやかだけど、どこか神聖な空気に包まれていた。
上の写真は、二月堂から眺めた奈良の青空と東大寺と町の風景。ありふれた空だけど、飛行機雲が広がり、面白い形になっていった。

早朝の奈良の散歩道は、とても気持ち良い。特に、東大寺や春日山原生林の遊歩道がおすすめである。春日山原生林の遊歩道は、ちょっとした森林浴を楽しめるので、気分が落ち込んでいる人やうつ気味な人に、ぜひ、森の香りや木漏れ日の光や鳥の鳴き声などを感じながら、歩いていただきたい。きっと、歩いているうちに、こころもからだもほぐれていき、癒されるのではないだろうか。

奈良のありふれた空も、今日は、いつもと少し違って見えた。

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by tonepedra | 2010-06-06 21:58 | 奈良

當麻寺の青空と青紅葉

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今日から奈良に滞在している。
今日は、友人とともに、奈良県葛城市にある當麻寺にお参りに行った。

當麻寺は、約1400年前に建てられたお寺である。もとは、聖徳太子の弟が河内に作った禅林寺を、役行者によって今の土地に移されたらしい。
金堂、本堂、講堂、東西両塔などからなり、古くは白鳳時代や天平時代のものがみられる。當麻寺で有名なのは、中将姫が蓮の糸で一夜にして織り上げたという伝説の、當麻曼陀羅である(国宝は非公開)。レプリカが重要文化財として、まつられている。

今回、私たちは、特別に企画された「絵解き曼陀羅」の法話を聴きに行った。
當麻曼陀羅は天平時代に作られたが、江戸時代の頃に、曼陀羅信仰が熱心に行われるようになった。
曼陀羅とは、簡単にひとことで言えば、「誰でも死んだら極楽に行ける」ということを図柄にしたものである。
絵解き曼陀羅は、約300年前から昭和30年代まで盛んに行われていたらしい。絵解きは、農家の人が何人か、農業の片手間でやっていたそうだ。しかし、その後、絵解きをやる人がいなくなり、廃れていったそうだ。
絵解き曼陀羅は、曼陀羅の絵を見せながら、独特の口調で、阿弥陀様の有り難さや極楽浄土について、わかりやすく語るのが特徴である。仏教の教えや智慧を、難しい仏典や専門用語ではなく、目で見てわかるように伝えていたのだ。そして、「どんなに悪い人でも極楽に行ける」と説いた曼陀羅の教えは、庶民や貧しい人のこころにも、優しくあたたかく響き、広まっていったにちがいない。曼陀羅さまが人々に厚く信仰されたのは、ごく自然なことである。

ところで、東西の塔が両方とも残っている一番古いお寺は、當麻寺である。上の写真は、當麻寺の東塔である。東塔は、澄み切った青空によく映えていた。
塔は、遠くからでも、お釈迦さまを拝むことができるように作られている。これも仏教信仰の普及には欠かせないアイテムのひとつである。

奥の院への道には、青紅葉が風に静かに揺れていた。今日の日差しは、これから来る暑い夏を予感させながら、木陰には爽やかな風が流れて、私たちのこころをそっと潤してくれた。

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by tonepedra | 2010-06-05 23:06 | 奈良

奈良の名水と桜サイダー

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中川政七商店の「粋更(きさら)」に売っている、「大峯山の名水」(ごろごろ水)は、とてもまろやかで美味しい。

ごろごろ水」は、奈良県吉野郡天川村洞川から採れる天然鉱泉水。環境省指定の「日本名水百選」のひとつである。天然の岩石をフィルターとして濾過された、pH7.8〜8.2のアルカリ自然水である。飲み水や料理などに使う他、赤ちゃんのミルクを作るときにも、安心して飲ませられる。

ちなみに、粋更では、この名水と葛を使った化粧品も売っている。シャンプー、リンス、ハンドクリーム、などなど。特に、ハンドクリームは、サラッと肌になじみ、すべすべして、私のお気に入り。

そして、姉妹店の「遊中川」には、桜サイダーがある(これは、ごろごろ水を使っているわけではない)。桜色した可愛いサイダーは、パッケージに大仏さんがいて、裏におみくじつき。

ちなみに、遊中川や粋更には売っていないが、奈良に行けば、ごろごろ水のひょうたん型ペットボトル「ひょうたんから水」がある。奈良の可愛いお土産のひとつとして人気がある。今年は、平城遷都1300年にちなみ、せんとくんバージョンの「ひょうたんから水」も登場した。

奈良は、山あり川ありと、自然に恵まれた素晴らしい場所。美味しい水にも恵まれている。

もともと、日本人は、神や仏とともに、自然や天を敬い、崇め、そして畏れた。吉野の山岳宗教には、自然崇拝の名残がある。そんな土地に湧き出るごろごろ水は、健康によいと人気が高い。

水は、からだとこころを潤す大切なもの。
人のからだも、水がなければ、生きていけない。

ひとしずくの水を大切にしたい。

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by tonepedra | 2010-05-26 00:11 | 奈良

奈良の小物

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今年、奈良は遷都1300年を記念して、大賑わい。

巷では、「せんとくん」や「まんとくん」などのキャラクターグッズが売れているようだが、私のおすすめの奈良の小物のお店のひとつは、「遊中川(中川政七商店)」。

「遊中川」は、奈良町に本店がある。最近では、だいぶ都内にも支店が進出してきた。
麻製品をはじめ、さまざまな生活小物やおしゃれな雑貨が売られている。
特に、麻で作られた季節の柄のタペストリーや暖簾は、見ているだけで楽しい。季節感や和の文化を大切にしているところが、とても嬉しい。

今年は、遷都1300年記念に合わせて、さまざまな限定品も販売している。

私のお気に入りは、かわいい鹿が描かれたシグ。
ついつい、ペットボトルの恩恵に甘えてしまう今日この頃であるが、環境保護のためにも、できればマイボトルを携帯したい。
他にも、ルピシアとのコラボレーションである「奈良のまほろばティー」(桜いちごと梅はちみつの二つの味がある)などがある。

ちなみに、写真の鹿のシグの後ろにある茶道具は、遊中川の製品ではないが、いつか、シグにお湯を入れて、茶道具を持って、奈良のどこかで野点をしたいという私の願望をイメージしてみた。

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by tonepedra | 2010-05-16 21:29 | 奈良