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カテゴリ:五感( 4 )

ストレスと五感

私たちは、日々、ストレスにあふれた社会で日常生活を送っている。
家庭でも、職場でも、地域社会でも、たとえひとりきりでひきこもって生きているとしても、何らかのストレスと向き合って生きている。
ストレスによるうつや自殺は増加し、私が住んでいる東京では、毎日のように、どこかの駅で人身事故が起きている。そして、人身事故が起きても、その人の気持ちや人生を思うことなく、事故で電車が遅れることばかりに気をとられてしまうほど、人々のこころは荒んでいる。

ストレスは、生きていくうえでは切り離すことができないものであるが、ストレスを上手に対処して自分のこころとからだを調和することができれば、ストレスは「人生のスパイス」となって、よりよい人生を送ることができる。

セリエの定義では、ストレスの原因となるものを「ストレス刺激(ストレッサー)」、それに対する心身の反応を、「ストレス反応(ストレス)」と呼んでいるが、日本ではどちらも「ストレス」と呼んでいる。でも、ストレッサーがそのままストレスに結びつくわけではない。ストレスを受けとめる人の感受性や適応力、または人間関係や環境などさまざまな要因が絡み合って、ストレスの重さを左右している。

ストレスの対処方法は、人によって異なるが、たとえば私の場合は、自然に触れたり、お寺や神社をお参りしたり、博物館や美術館に行ったり、おいしいものを食べたりすることである。この時、活用するのが「五感」である。

「五感」は、視覚(見る)、聴覚(聞く)、嗅覚(嗅ぐ)、味覚(味わう)、触覚(触れる)の5つであるが、心身の疲労が蓄積されると、五感は閉ざされ、五感は鈍化する。また、加齢や疾患、症状によっても、鈍化する。
もし、目の前に広大で緑あふれる自然の景色があるとしても、五感を使って感じる感性や感受性が閉ざされていたら、せっかく自然の豊かな景色を見ても、「美しい」とか「気持ちいい」とか「癒される」とか感じることがなく、ストレスの軽減を図ることはできない。

そもそも、「美しい」とか「気持ちいい」とか「癒される」と感じるこころとは、なんだろうか?同じ景色を見ても、その人によって、感じ方は異なる。自然の豊かな景色を見ても、ストレスが発散されて元気になる人もいれば、何も感じない人もいる。
大切なことは、その人に合ったストレスの対処方法を、その人自身が自覚して、ストレスを対処する行動を取れていればよい。
しかし、自分自身のストレス刺激が何なのか、自分のストレスの重さはどのくらいなのか、気付くことができない場合もある。自分のストレスや苦しみに、目をそらして生きようとしている場合もある。

自分のストレスを見つめることは、自分のこころとからだの調和(健康)を維持・向上するために大切なことである。そのために、「五感を開くこと」そして「感性や感受性を磨くこと」は、とても大切なことである。自分自身のこころやからだも含めて、いろんなことを五感で感じることができなければ、ストレスの原因も対処方法も探せない。
五感を使うことは、ストレスの軽減だけでなく、人生をよりよく豊かに生きるためにも必要である。生きる意味や目的、生きがいを求めるためにも、五感を活用して、感性や感受性を高めることが大切である。逆に言えば、生きる意味や目的、生きがいを明確にもっている人は、ストレス耐性が強いのかもしれない。

五感を開くためには、こころとからだの緊張が解けるように、ストレッチやウォーキングなどの軽い運動や、歌や音読などの発声が、準備や費用も必要なく、手軽にできて有効である。また、自然が豊かな場所、季節感を感じられるような環境もよい。何よりも、本人が「ここちよい」と感じられる環境が一番である。

人それぞれの好みや趣向にもよるが、日本人なら、四季折々の自然のうつろいを感じて、「美しい」と感じる美的感覚や感受性をもって生きていきたい。

tone
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by tonepedra | 2011-10-03 11:33 | 五感

表現アートセラピー

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今月から、芸術療法ファシリテーター養成講座(第一回)を受けている。この講座は、月に一回で、一年間で修了予定である。

私がこの講座を受けたいと思ったのは、自分の仕事である認知症ケアに活かすためである。

認知症ケアの現場である医療・福祉施設では、閉ざされた間であることが多く、認知症高齢者は自然や文化や社会に触れ合う機会が少ない。
そんな中で、私の職場では、自然や文化に触れるような働きかけを、わずかではあるが行ってきた。特に、日本の伝統的な年中行事は、季節感をもたらし、五感を刺激するものとして、重要視してきた。
しかし、ただ行事を行うだけで、ただ楽しむだけのプログラムでは、ケアとしては何の意味もなさない。認知症高齢者にとって、自然や文化や行事とのかかわりが、どのような意味をもち、どのような反応や効果をもたらすのか。よりよい効果をもたらすためには、どのようなプログラムや関わりが必要なのか。

この講座では、欧米の医療、福祉、教育、企業などの現場で広がっている「表現アートセラピー」について学ぶ。
表現アートセラピーとは、絵画、ダンス、音楽、ライティング、パフォーマンスなど、様々な芸術を用いながら、自由に自己を感じ、発見し、表現をするものである。そして、自己を表現する過程で、自分自身を癒し、成長させるものである。
芸術療法は、言葉ではない方法で表現することが多いので、言葉での自己表現が苦手な子供や認知症高齢者にとっても、有効な手段といえる。

最終回には、自分でワークショップを企画して行う予定である。今までも、職場でレクリエーションやイベントの企画は何度も行ってきたが、表現アートセラピーとしての企画は、難しそうである。
一年後、自分がどんなワークショップを企画するのか、まだわからないが、やはり、認知症ケアに携わる専門職としての知識や技術をきちんと踏まえたうえで、自分がこだわりをもつ「季節感」や「五感への刺激」を意識したプログラムを行ってみたい。
それまでに、自分自身の感性、感受性、美的感覚、他者への気づきや思いやりのこころを磨きたい。

tone
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by tonepedra | 2010-08-13 01:16 | 五感

五感を開くためのワークショップ

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人間には、五感がある。
視覚(目で見る)、聴覚(耳で聞く)、触覚(手や肌で触れる)、嗅覚(鼻で匂いを嗅ぐ)、味覚(舌で味わう)という、からだの5つの感覚器官を使って、「感じる」ことができる。
そして、人間は、五感で感じることによって、こころとからだでいろんなことを感じることもでき、さまざまな感情を生み出すことができる。そして、生きる術としての智慧や工夫も生み出してきた。
たとえば、春、桜の花を見て、「美しい」と感じたり、そのうち桜の花のことなんかすっかり忘れた初夏のこの時期、桜の実を見つけると、桜の花を思い出したり、新たないのちに感動したり・・・。
(ちなみに、上の写真は砧公園のオオシマザクラの花、下の写真は東京都農業試験場のカワヅザクラの実である)

美しい花を見たり、自然の音や匂いを感じたり、感性や感受性を磨くことは、人生を豊かにして、なおかつ生活を楽しくする。
人間は、こころやからだが疲れたり、さまざまなストレスを抱えたりすると、五感を使って感性を豊かにすることができなくなってくる。そのうち、こころが閉ざされてしまうこともある。
こころとからだを癒すために、五感を開くことはとても大切である。
そして、五感で感じたことを自分なりに表現することが、自己実現や癒しにつながる。

このたび、私の芸術療法の先生であり、聞香家である渡辺えり代さんが、新たに「砧公園ワークショップ 自然とたわむれ、五感を開き、心身を解放する」を、東京都世田谷区の砧公園で開催することになった。
東京都23区内とは思えないほど緑豊かな砧公園は、自然を感じて五感を開くには、もってこいの場所である。
初回は6月2日(水)10時から13時まで。
毎月第1水曜日に行うそうである。
詳しくは、以下のホームページを↓

http://arts-wellness.com/

ちなみに、えり代さんの聞香会は作法にとらわれず、五感を開き、感性を磨き、こころを豊かにするためのとっておきの時間である。とても貴重な香りにも巡り会える。特に、羽衣という伽羅の香りは、格別に素晴らしい。
よい香りを聞くということは、五感が研ぎ澄まされ、こころとからだが調和されるようである。

自然でも、香りでも、音楽でも、読書でも、映画でも、旅行でも、とにかく何でもいい。
なにかひとつ、自分のこころとからだが調和するようなものを見つけられたら、きっと幸せなのだろう。

tone
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by tonepedra | 2010-05-21 21:37 | 五感

五感で季節を感じる

昨日は夏のように暑いと思ったら、今日は体の底から冷えるような雨が降った。このところの天候不順で、自分自身の体調も崩しそうである。暑くなったり寒くなったりして変わりやすいのが4月の気候であるが、このところの寒暖の差の激しさは、異常気象(温暖化もしくは寒冷化?)を物語っているようである。

そうはいっても、季節が訪れれば、花は咲くし、木々の葉は生い茂る。暑い寒いと言っているが、そうこうしているうちに、早くも、新緑がまぶしい季節の訪れを感じられている。

日本には四季があり、さらに二十四節気がある。また、季節にちなんだ年中行事や地域の行事もある。日本人は、季節感を大切にする民族である。春夏秋冬だけでなく、季節のはざまの移ろいにもいつくしみを感じている。春は、満開の桜を愛で、散りゆく桜の花びらを惜しみ、夏は暑い日の木陰のさわやかな風や川の冷たい水に感謝し、秋は紅葉のさまざまな色合いや美しさを愛で、冬は澄みきった美しい夜空の星に想いを馳せる。なおかつ、春はたけのこ、秋はきのこ、などと食事も季節感を求められている。俳句には季語が欠かせないが、季節を大切にするからこそ生まれたものである。季節をこんなに豊かに感じて楽しめる感性こそ、日本人の独自の民族性であり、DNAなのではないかと感じている。

時代とともに、いったん衰退していた季節の伝統的な行事も、最近は若い世代にも見直されてきている。本屋に行くと、季節の行事に関する書籍も多くみられるようになった。私が愛読しているのは、高橋紀子著「和の行事えほん」(全2巻、2006年、あすなろ書房)である。行事についてわかりやすく説明されていて、なおかつ挿し絵が可愛らしく、子供も大人も楽しめる。

日本の季節の年中行事は、季節の植物を用いたものが多い。お正月にはマツ、節分にはマメ、ひな祭りにはモモ、端午の節句にはショウブ、七夕にはササ、重陽の節句にはキク、冬至にはユズやカボチャなどある。
そして、季節の植物を用いた行事には、健康や長寿を祈願するものが多い。植物の力を通して、神や仏に祈りをささげていたのだ。

季節の行事は、五感で感じられるものが多い。目で見て、耳で聞いて、手で触れて、鼻で匂いを嗅いで、舌で味わって・・・五感を活性化させることによって、植物の力を自分のからだやこころに取り入れることができるのだ。季節の植物には、その時にしかない特別な力がある。現在は、新暦で行事が行われているため、植物をわざわざ温室で育てているが、旧暦で行えば、その季節だけの、旬の植物の力にめぐりあうことができる。

日本人にとって、五感を十分に活用して、季節感を愛でることは、日本人として誇るべき民族性だと感じている。また、このような季節感を通して五感を研ぎ澄ませること、五感で感じられたことを通して自分自身の内面に向き合うことは、こころのケアのひとつともいえる。

季節の行事や植物を大切にしたり、五感を研ぎ澄ませたりすることは、こどもの頃からの情緒教育が大切になってくる。両親が、こどもが幼少の頃から道端の花の名前を教えたり、いろんな行事を体験させたりしていれば、自然や文化や季節感を大切にするように成長するだろう。

だが、大人になってからでも、季節感を愛でることや五感で感じることを大切にするのは、遅くはない。感性を磨き、感受性を豊かにすることは、いつから始めても、決して遅すぎるということはない。こどもからお年寄りまで、こころを育むことは続いているのだ。

こころは、人によってひとりひとり感じ方が違うから、日本人だからといって、すべての人において季節の植物や行事が有効であるとは限らない。しかし、大勢の日本人が春は桜を愛で、秋は紅葉を堪能するわけであるから、やはり、人は植物を自ずから求めているのだろう。自然や植物を自らが欲しているときは、やはり、その場に身をゆだねて、植物や自然に触れ、五感を活性化させ、こころを解き放つことが大切である。ストレスをかかえやすいこの時期、植物や自然を、五感をフルに活用させて「感じる」ことが、ストレス発散やこころのケアにつながる。

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by tonepedra | 2010-04-22 23:45 | 五感