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こころの梅雨に咲く花

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今年も梅雨が来た。
梅雨に咲く花と言われて連想する花No.1は、おそらくアジサイ(紫陽花)だろう。じめじめした蒸し暑い季節に、爽やかに美しく彩られて咲く花。

でも、今日これから書くことは、花のことではなくて、いじめの問題。

深夜、たまたまつけたTVで、爆笑問題の「バクモン」っていう番組で、いじめの問題をやっていた。
番組の中で、不登校の生徒が通う中学校が紹介され、なかなか興味深かった。教師のことを先生と呼ばないとか、職員室はスタッフルームと呼ばれていて生徒が自由に出入りするとか。あと、男子トイレを個室化するというのも、生徒からの提案でやったとか、そういう細やかな環境づくりも大切なのだろう。美術や音楽やいろんな分野で才能をもつ子供達がたくさんいて、そういう小さな芽が、こういう学校環境なら、将来大きく成長しそうな予感がした。

あと、太田光が言っていたが、「笑いはいじめ」だってこと(笑いといじめは紙一重)も、なんかわかる気がする。人を馬鹿にして笑うという行為が、快感だったり、癒しだったりするってこと。で、馬鹿にされた人は、それをどう受けとめるのかということも大切。その時の場の雰囲気とか、まわりに誰がいたかとか、自分の精神状態とかにも寄るんだろうけど。人から馬鹿にされて、それを「いい意味での笑い」に変えることも大事だし、さらりと交わすことも大事だし、言われて嫌なことは相手にきちんと伝えることも大事。人とは違うってこともその人の個性だから、それを認め合うってことも大切。
もし、他人の失敗や面白いと思ったことをネタにして笑うとしても、その人に対する尊重や思いやりや愛情があれば、おそらくいじめにはならないと思うけど、それは、ふだんのコミュニケーションとか、その場の雰囲気とか、信頼関係とかにもよるのだろう。

たぶん、この世から、いじめは決してなくならない。
けれど、もし、いじめられてしまったとき、誰かに相談する勇気、その場から逃げる勇気、自分を変えようとする勇気をもつことが必要である。そういうこころの強さをもつために、こころを自由に豊かにすることが、たぶんこれからの世の中に必要とされることだろう。

梅雨に咲く花の美しさは、じめじめした蒸し暑い中で咲いているから、美しいと感じられる。いじめも、時にはじめじめした陰湿なものになるが、そうした中でも、自分のこころの中に花をもって生きていけたらいいな。

tone
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by tonepedra | 2013-06-04 09:46